妹の誕生と”可愛い”の気持ち
妹が生まれてすぐの頃は、素直に「可愛いな」と思っていた。
おままごとや人形遊びが好きだった私は、”赤ちゃん”と言う存在に親しみを感じ、妹を抱っこしている写真もたくさん残っている。
当時は「妊娠」が何かもよく分かっておらず、”いきなり妹が現れた”感覚だったが、小さな妹はとても愛おしかった。
お母さんと過ごす時間の変化
妹が生まれてから、さらにおばあちゃんの家に預けられることが多くなり、お母さんと2人だけで過ごす時間はほとんどなくなっていた。
思い返すと、高校生になるまで”お母さんと2人だけで出かけた”記憶がほぼない。
いつも「お母さん+妹(+休日はお父さん)」のセットだった。
忘れられない2つの思い出
幼児期の記憶で、強烈に印象に残っている出来事が2つある。
1.妹置き去り事件
昼寝から目覚めたら家に母がおらず、ベビーベッドには妹が。
なぜか「お母さんはいつも行くスーパーにいる!」と直感し、妹を家に置いたまま1人でスーパーまで探しに行った。
(鍵はかかっていたが、日ごろ出かけるときに母の鍵を解除する姿を見ていたので覚えていた。3歳の私がそれをしたことに今でも驚く。子どもの学習能力ってすごい。)
スーパーに1人走って向かい(しかも普通に横断歩道があり、信号の赤・青の意味も知らなかった)、
無事に辿り着き、本当に母を見つけてしまう。
母を見つけた時、驚愕の表情を見せた母の顔が今でも忘れられない…。
(鍵の開け方は知っていたが、鍵を持っていない&閉め方は知らなかったため、もちろん開けっぱなし!)
買い物を中断し、母に連れられ急いで帰宅した、今でも忘れられないエピソード。
その日を境に、母は私たちが寝ている間に出かけることはなくなった。
そして今思うのは、子どもの行動力がやべぇということ。
(普段「やべぇ」とか使わないが、このエピソードの私はやべぇの表現が適切だと思い使用。)
普通に家でお留守番しておけばいいものの、わざわざ探しに行ってしまう…。1人で外出したことがなかったのに。横断歩道の意味も知らずに…。
ほぼ野生児みたいな私が事故にも遭わず、無事に母と会えて、帰宅したら妹もちゃんといてて(しかも昼寝したままだった)、「ホンマよかったな」としか出てこないエピソード。
多分、この出来事は一生忘れることはない。
2.幼稚園イヤイヤ期
4歳から幼稚園に入園し、その翌日から登園前に毎日大号泣。
母と離れるのがとにかく寂しかった。
登園準備をして、バスの集合場所までは元気にしているが、いざバスが来ると泣いてしまう。
そんな生活が入園して半年くらい続いた。
幼稚園に到着しても泣き止まなかったため、よく先生に怒られていた。
そしてさらに泣いてしまう負のスパイラル。先生も大変だったことだろう。
登園して2時間程経ってようやく泣き止み、その後は普通に友達と楽しく過ごしていた(笑)
でも最終的にはバス登園をやめて、母が赤ちゃんの妹を連れて毎日送り迎えを卒園まですることに。
今思えば、小さな妹を連れて毎日対応してくれた母には本当に苦労をかけたと思う。
そして本当は「赤ちゃん返り」の一種だったのでは?とも思う。
お姉ちゃんになったけど本当は…
あの頃の私は妹が生まれたことで”お姉ちゃん”になったつもりだったけど、
まだまだ甘えたい「小さな子ども」でもあったんだと思う。
ただ、あの小さな妹が家族に加わったことで、私の中に生まれた感情や経験は、
きっと今の自分を作った大きな一部。
きっと、そんな気持ちを抱えたまま大人になる人は案外多いんじゃないかな。
もし共感する方がいたらコメント等くださると嬉しいです。
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